ドクターソルトです。今回は、趣味の仲間をご紹介いたします。私は、中、高、大の12年間、そして卒業後も社会人リーグを通じて長年バスケットと親しんで来ました。平成13年に当院に赴任して参りましたが、かつて社会人リーグで対戦したことのある当院職員の誘いで、同好会に参加することになりました。試合は松江市社会人リーグで、チーム名は日赤バスケット部でしたが、当院職員の男子バスケット部員は私を含めて3名だけでした。後は、女子部員と院外の助っ人部員で、何とかギリギリで試合が出来る状況でした。
 松江市社会人リーグは、平成16年の市町村合併に伴い開催出来なくなり、年1回斐川町で開催される職域バスケット大会(村田杯)が唯一の大会となってしまいました。村田杯は同一職場が参加条件となっていましたが、女子の助っ人は可でしたので、女子部員の伝手で何とか人数を確保して参加していました。
 平成17年の村田杯後の写真
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懐かしいメンバーが写っていますが、6人で一試合戦うのは50の近い身には過酷でした(本当に死にそうでした)。その後、大学のバスケットの後輩が当院に赴任して来たり、バスケット経験者の職員が徐々に増えて平成20年の村田杯参加時には、かなりの大所帯の同好会となっていました。
写真2 (400x300)
 私はと言えば、年を重ね体力も衰え、ベンチを暖めることが多くなり、出てもウルトラマンの如く3分間の男となっていました。その後、研修医が続々と練習に参加するようになって、さらに出番は減り、女子部員とのプレーが多くなって行きました。それでも、この年でもバスケットが出来る喜びには代えがたく、平成21年の村田杯での満面の笑みにそのことが如実に現れています。
写真3 (400x300)

 定期的練習も行われるようになり、チーム力も上がり島根県東部地区リーグにも加盟するようになりました。平成23年に岡山で開催された日赤スポーツ大会で初めてバスケットが競技種目に採用されましたが、くじ運よく大変な競争率のなか、第1回大会に参加することが出来ました。多くの部員が参加して、試合に、応援に、大いに盛り上がり12チーム中6位と大健闘ました。その後で、皆なで撮った記念写真ですが、まことにすばらしい1枚となりました。一人ひとりの表情を見ていただければ、あらゆるものを越えて『ひとつになれた瞬間』であることが分かっていただけると思います。ビバ!スポーツ
写真4 (400x300)



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2012.05.07 Mon l あふた~ファイブ l top