救護班第8班で活動したドクターソルトです。

前回からのつづき~

5月4日の午前中は渡波公民館で活動しました。
公民館では、避難者の診察を行う一方、臨時救護所を設置し、避難者以外の方々の診療も行いました。

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渡波公民館避難所臨時救護所


公民館避難所は公民館長さんが仕切っておられましたが、館長さんご自身が被災者で、家を根こそぎもっていかれて、なにもない土地だけの写真を示しながら、「ここに我が家があったんですよ。命が助かっただけでも、儲けもんです」と笑って仰っておられました。
公民館は九州厚生年金病院救護班に引継ぎ、午後は前日の渡波中学校に向かいました。

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九州厚生年金病院救護班への引継ぎ


中学校では、昨日診察した方へ薬をお渡しすると共に、服薬についての説明を行いました。
渡波小学校の薬局には、これまでの救護班が持ち込んだ種々の薬剤が混在し、規格もさまざまな物が混在しているため、誤服用の原因となっていました。
調剤の統一が図られ、この時期には、各救護班の持参薬剤は持ち帰るのが原則となっていました。
また、地元の開業医の先生の6割近くが診療の部分再開に漕ぎ着けていましたので、地元の先生への受診を誘導していくことも、任務の一部となっていました。
1ヶ月分の薬をお渡しし、再開開業医情報もお渡しし、次からは、開業医の先生を受診していただくようにお願いしました。

5月5日はJAいしのまきと渡波保育園で救護活動を行いました。
糖尿病の医者が来るとの事前情報があったためか、インスリン治療の方々が診察を待っておられました。
4名の患者さんを診察させていただきましたが、すべての患者さんが、ご自身のインスリンの種類と使用単位数、震災前のHbA1cの値を覚えておられたのは、驚きでした。
保育園には、『団結の囲炉裏』、『命の囲炉裏』とも称すべき囲炉裏がありました。

救護班第8班19
渡波保育園避難所の『団結の囲炉裏』


津波でずぶ濡れとなった、凍える身体を温めてくれた火を絶やすことなく、大事に守っておられました。
この火が、被災者の身体を温め、お湯を沸かし、食料の煮炊きを可能としました。

こころのケア班の活動は、通常の救護活動とは別系統で運営されていました。
対象者は、地元の担当の保健師さんが選定し、全国から集まった日本赤十字社のこころのケアチームが、その任に当たる仕組みとなっていましたが、種々の事情で連携が上手くいっていない部分があったように思われました。
日々の活動を終えて、毎日夕食後に宿舎で行っていたミーティングでも、十分な情報が得られない中での、こころのケア活動の難しさ、こころのケアの継続性の問題、医療班との連携など、こころのケア班の悩みは大きかったように思います。
こころのケア自体が、携わる者にとって心の負担の大きい医療活動であり、ケア班の面々の心身が日々消耗して行くのが、傍で見ていてもハッキリ分かりました。
こころの悩みを抱えている方に、十分な活動ができていないとの自責の念が、自らの心の負担を、さらに大きくしていたようでした。

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気丈に振舞うこころのケア班(手前、赤の救護服の3名)


5月6日は当班の最終活動日でしたが、エリア幹事医療班の愛媛大学の最終日と重なったため、朝のミーティングの後で、ジャパンハート、松山日赤、多摩医師会も加えたエリア6C救護班全員で記念写真を撮りました。

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6Cエリア救護班の仲間


午前中に渡波中学校と保育園を松山日赤救護班と共に回り、診察と引継ぎ業務を行いました。
今後の救護班の活動起点を秋田から仙台に変更することになり、島根県支部と当院の救急車両は、仙台市の宮城県支部に回送することになりました。
また、今後救護活動は縮小されていくとの予想から島根県支部の大型車両キャンターも松江まで回送することになりました。
そのため、帰りは陸路仙台に向かい、本隊は仙台駅から新幹線で東京に出て、一泊の後7日に空路出雲入りすることになりました。
キャンター回送の別働隊の主事2名は、仙台から磐越自動車道で新潟に向かい、新潟で一泊の後、北陸自動車道経由で島根に向かうことになりました。
本部での任務終了の報告後、直ちに仙台に向かい、ヘロヘロ状態で宮城県支部に到着した時には、夕暮れ時となっていました。
疲労困憊の状態で、更に新潟に向かう両主事を、運転の無事を祈りながら見送りました。

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疲労困憊の中での旅立ち


われわれの滞在期間中にも、地元の人々が復興のために動き出している場面に出会うことができました。
保育園の裏手にある神社で、瓦礫の中で行われたお祭りに、地元の方々の復興への強い願いを感じました。

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瓦礫の中での祭り


団塊の世代時代に建てられた中学校の空き教室を利用して、全壊した中学校が丸ごと移ることにより、1つの中学校の校舎で、2つの中学校の授業が再開されたりもしました。
再開された中学校へ登校する中学生のくったくのない笑顔に救われた想いがしました。

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中学生の登校風景


われわれは、悲壮な覚悟を持って、石巻の救護活動に向かったわけですが、悲惨な体験をされ、困難な状況にありながら、明るく振る舞っておられる被災者の皆様に、われわれ一人ひとりが救われた想いがいたしました。
被災地の一日も早い復興を願ってやみません。

頑張れニッポン! 頑張れ東北!!


2011.07.19 Tue l 赤十字の活動 l top