東日本大震災初日にDMATとして出動した、救急部の佐藤です。

松江赤十字病院DMATは発災当日の夜に、医師2名、看護師4名、調整員2名、それに運転士2名の計10名が病院救急車を含む車両2台に分乗し出動しました。

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当初参集拠点を茨城県つくばメディカルセンターとし向かっていましたが、
DMAT本部からの指令により参集拠点が福島空港、仙台医療センターと次々に変更となり到着までに丸1日を要しました。

各地域の被災状況の情報入手が困難、また参集したDMATの数が現医療ニーズより多いため、統括から参集したDMATへの指令が滞っていると判断し、統括と協議した結果DMATの指揮・命令系統から外れ日赤救護班として活動を開始し、発災3日目の午前10時30分には石巻赤十字病院に到着しました。

当初院内および敷地内には多数の負傷者、急病者、避難者により混沌としていました。
隣接するヘリポートには壊滅的な打撃をうけた石巻市以外の沿岸部からも被災者を運ぶヘリが間断なく発着を繰り返していましたが、手当てを必要としない被災者も多かったためトリアージポストが混乱している状況でした。

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本部で院内外の現状説明をうけ、当チームは病院玄関前に設置されたテント、緑エリアでの活動およびその後の自衛隊から要請があった市街を離れた救護所への出動を命じられました。

緑エリアの活動終了後、指定された救護所を目指して進みましたが、
途中津波警報の発令および走行困難な路面状況から到達不可と判断し引き返しました。

夜間は院内スタッフの疲労軽減のため、石巻赤十字病院の現状を把握し参集した他のDMATとともに活動し、当チームは再度緑エリアを担当しました。

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発災4日目ゲートコントロールの任務終了後、午前10時に石巻赤十字病院を後にしました。


2011.04.08 Fri l 赤十字の活動 l top