救護班第1班で出動した看護師長の内田です。
この度の「東日本大震災」で被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。


「赤十字の看護師であるならばいつかは救護活動に出かけなければならない」
漠然とした覚悟は持っていましたが、その日は突然にやって来ました。

震災の翌日3月12日から15日、私たち救護班第1班は茨城県ひたちなか市で救護活動を行いました。
待機命令から出動までの時間が少ない中、医療機器・資材や個人装備を早早で準備しての出発でした。
当初、どこへ行くのか、どのような活動になるのか全く分からないままで準備を進め、活動がひたちなか市での巡回診療になると知ったのは出発間際でした。

救護班第1班10

2台の救護車両に分乗し、高速道を東へ東へと走りました。
早く到着し、活動しなければと焦る思いがありましたが、到着したのは出発から28時間経ってからでした。
この時間が結果自分自身を落ち着かせる時間になりました。

山梨日赤のDMATから引継ぎを受け活動開始となりました。
私達の担当は避難所である社会福祉センター「しあわせプラザ」に救護所を設置し、周辺の避難所計4箇所の巡回診療でした。
活動体制を救護所待機兼しあわせプラザの巡回と周辺避難所の巡回の2班に分けました。
また、救護所は24時間開放とし看護師2名が交代で待機しました。
被災者の皆さんが何を欲しているのか、被災者の声を聞くのが私たちの活動への一番の近道ではないか、日頃から患者のニードの充足のために患者の訴えに耳を傾けている私たち看護師にできることだと自分自身に言い聞かせ、一人でも多くの人に声を掛けようと活動しました。

救護班第1班11

震災後3~4日目でしたのでライフラインは寸断されたまま、震度3~4の余震が続く中、巡回して聞こえてきたのは「怖くて家に帰れない。ここにいるほうが安心」「余震が怖くて夜眠れない」「食べる物がない」と言った声でした。
何もできず話を聞き、体をさすることしかできませんでした。

班員はそれぞれの立場で自分の役割を認識し、判断し行動していました。
避難所の巡回の中で継続して処置をしなければいけない方の看護カルテを作成し、情報の共有化を図ったり、救護所が診療しやすいように整理整頓され診療所らしくなったりしました。

救護班第1班12

同じ状況下で励ましあい、助け合ううちに一つのチームになれたと思います。
この班でよかったと感じました。
避難所での巡回をしていると飴玉を数個ポケットに入れてくださったり、声をかけると「ありがとう」と笑顔で答えてくださったりと過酷な状況の中でも人を思いやる心、人の温かさに触れる時間でもありました。

帰省後被災地と日常のギャップが大きく、周囲は日常の生活が淡々と流れているのに、気持ちはまだひたちなか市に置いてきたのか、自分だけは流れが止まっているかのように感じられました。
活動中、後方で支援していただきました、支部・病院の方々に感謝いたします。

最後になりましたが、今回被災された方々に1日でも早く笑顔が戻ることを祈っています。


2011.05.30 Mon l 赤十字の活動 l top